ベルガリアード物語
The Belgariad
デイヴィッド・エディングスDavid Eddings
(1931-2009)
予言の守護者 蛇神の女王 竜神の高僧
魔術師の城塞 勝負の終り
1973年のデビュー作「High Hunt」はファンタジーではありませんでしたが、1982年、作者51歳のときに「ベルガリアード物語」の第一巻を発表し、人気ファンタジー作家に。
「ベルガリアード物語」は全五巻。続編シリーズに「マロリオン物語」全五巻、外伝二巻(邦訳は各三冊に分冊されているので全六巻)と、「The Rivan Codex」(未訳。小説ではなくて資料に近い感じのもの)があります。アメリカのエピック・ファンタジー(「指輪物語」を源流とする、「剣と魔法」とも呼ばれるファンタジー。RPGゲームなどでもお馴染みの要素がてんこもりで、ファンタジーのなかでも人気の高いジャンル)の中でも評価が高く、シリーズは長く読み継がれています。
作品は夫人のリーとの共著であり、そのことを明らかにして以降、1995年の「魔術師ベルガラス」からは、共著者としてリー(1937-2007)の名前もクレジットされるようになりました。
予言の守護者
Pawn of Prophecy
Who's to say what's possible and what isn't?
なにがありえてなにがありえないか、だれにわかる?(引用)
「予言の守護者」 原題「Pawn of Prophecy」1982年
ベルガリアード物語の第一巻です。
邦訳は最初は1988年に出ていて、2005年に新装版が出ました。
ハヤカワ文庫、宇佐川晶子:訳 HACCAN:表紙画(旧版はおおやちき)
あらすじ
料理上手のポルおばさんや、実直な鍛冶職人ダーニクなどに囲まれ、平和な農園で育ったガリオンの右手には白いあざがあり、それは何か特別なしるしのようではあるものの、詳しいことは教えられないまま、とつぜん旅に出ることになります。
うさんくさい大男と小男の二人組を仲間に加え、敵の目をあざむくため正体を偽って旅をつづける一行。じつはポルおばさんとその父親は伝説の魔法使いで、大男と小男は…
あたりまえだと思っていたことがあたりまえでなくなり、ありえないことがありえる世界で、しなくてはならないことをしなくてはならない運命。それを受け容れるか容れないか、選択権は必ずしもガリオンにはなくて…?
一巻を全部読んだあと最初のプロローグ、神話の部分を読むと、新しい発見というか…そういうことかと気がつく部分がいくつかあったので、全巻読んでからまた最初から読むと、違ったものが見えてくる作品かもしれないなあという予感がします。
地名とか人名とか神々の名前とかいっぱいでてくるので、少しメモしながら読むことに。邦訳、原書ともに地図があるので、それを見て確認したり、そういうことが面倒じゃなくて楽しい作品。
登場人物たちが生き生きとしていて、軽妙な会話のやりとりも魅力。ときどき人生訓めいたことも散りばめて、軽いだけではない深みのようなものもみせてくれます。
蛇神の女王
Queen of Sorcery
You don't want to grow up. You want to keep on being a boy forever. You can't, though; nobody can.
あなたは大人になりたくないのよ。永遠に子供のままでいたいのよ。でも、それは不可能だわ。そんなことは誰にもできないわ。(引用)
ベルガリアード物語の第二巻。「蛇神の女王」 原題「Queen of Sorcery」1982年
邦訳は、ハヤカワ文庫、佐藤ひろみ:訳 HACCAN:表紙画
あらすじ
新たな仲間を加えながら、盗まれた<アルダーの珠>を追う一行。これまでの王たちと違い、トルネドラの皇帝は、あまり友好的ではない態度を一行に示します。そこで出会った皇帝の娘、セ・ネドラは、十六歳の誕生日に王の花嫁となるべくリヴァへ行かなくてはならない、というばかげた古い約束事…リヴァの王の家系ははるか昔に途絶えており、行ったところで王などいるはずがないのです…を避けるため家出し、正体はバレバレだというのに嘘をついて、一行に加わります。わがままな皇女に反発を感じながらも、惹かれもするガリオン。その皇女を暗殺しようと現れた敵は、ガリオンにとっても宿敵…両親を殺した男だとわかり…?
この物語がどうしてベルガリアード物語なのかわかりました。ガリオンが本当はベルガリオンって名前だったからなんですね…。
一巻では、「この子」("a boy"とか"the boy")って呼ばれることに不満を抱いていたガリオンですが、いざ一人前の「ベルガリオン」って名前で呼んでもらえるようになって、嬉しいかというと、どうもそうでもないようです。
一巻の旅立ちが十四歳で、現在は十五歳。声変わりなどもはじまって、思春期まっさかりという感じ。なにげに女の子にもモテまくりです。アメリカの小説だからか、たんに作者の趣味かどうかはわかりませんが、やたら積極的な女の子ばかりでてくる気がします。
旅の仲間に加わったと思ったら、あっというまに退場してしまったレルドリンがおまぬけでいいキャラしてます。同じく新しい仲間、マンドラレンはどこをどう考えてもランスロット…。
アーサー王物語などの、中世の騎士道物語に対する揶揄が随所に見受けられるのが楽しい。揶揄といっても愛情をこめた揶揄なので。
竜神の高僧
Magician's Gambit
Why me?
なぜぼくなの?(引用)
ベルガリアード物語の第三巻。「竜神の高僧」 原題「Magician's Gambit」 1983年
邦訳はハヤカワ文庫、佐藤ひろみ:訳、HACCAN:表紙画
あらすじ
ガリオンのなかにいて、ときどき手助けをしてくれる不思議な声が、多くのことを語りはじめます。
予言は二つあること。ガリオンのなすべきことがすべてのカギになっていること…
予言の仲間がすべて揃い、長年の因縁に決着をつけるべく魔術師の死闘がはじまったとき、<珠>を持つ子供がガリオンに近づいて…
いよいよ珠の奪還。物語はひとつの山場をむかえます。
原題の「Magician's Gambit」の「Gambit(ギャンビット)」はチェスの用語。ベルガリアード物語の原題には全部、チェスの用語が使われてます。
「Magician」は魔法使いのことでもありますが、手品師のことでもあります。
ベルガラスやポルガラは、邦訳では「魔術師」と呼ばれており、「魔法使い」とは区別されています。原文だと「sorcerer」(ソーサラー。男の魔術師)、「sorceress」(ソーサレス。女性の魔術師)と呼ばれています。このベルガリアード物語の世界では、ソーサリーと、そうではないマジックやウィザードリーでは、同じ「魔法」でも違いがあるようです。
ソーサラー、ソーサレスであり、マジシャンでもウィザード(男の魔法使い)やウィッチ(魔女)でもない主人公たちが使う「魔法」は、「意志 Will」と「言葉 Word」です。
特に大事なのは「意志」で、言葉は必ずしも必要ではありません。魔法というより超能力に近いです。意志の力さえ強ければ何でもできる…とはいえ、たったひとつタブーがあります。「存在そのものを消そうとすること」。この禁忌を破ると、自分の方が消されることになります。
さて。すべては予言どおりに事が運ばれてゆく…というわけではなく、予言通りに事が運ぶようにがんばっている物語だということが、今回かなりはっきりとわかってきます。ガリオンの頭のなかの声は、自分は「宇宙本来の目的意志」といったものだ、と説明します。このあたり、難しくてちょっとよくわからなかったのですが、もしかするとアカシックレコードとかと関係あるのかもしれません。
アカシックレコードというのは…詳しくないので違ってたらすみませんが…過去や未来に起きるすべての出来事が記されているもの。そこに記されたとおりに世界はすすんでいくはずだったのに、ちょっとしたアクシデントから、そうではなくなり、記されていることと違ったことが起きるようになってしまった。その軌道を修正するためには、いくつかの重要な出来事が、記されているとおりに起きないといけない…というようなことかな…?
なんというか、予言というのはシナリオやプロットみたいなものかな、という感じがします。
あらかじめ作ったプロットどおりにキャラクターが動いて、きめられたイベントをこなして、予定されたラストをむかえるように、作者がキャラクターに話しかけて、こうしろああしろと指示しているような…。
魔術師の城塞
Castle of Wizardry
The whole problem seems to be finding out just exactly what you really are
要するにすべての問題は、自分が何者であるかを見つけだすことにあるんだね(引用)
ベルガリアード物語の第四巻。「魔術師の城塞」 原題「Castle of Wizardry」 1984年
邦訳はハヤカワ文庫、柿沼瑛子:訳、HACCAN:表紙画
あらすじ
<珠>と<剣>がひとつになり、リヴァ王の帰還を全世界に知らしめたとき、敵もまた目覚めます。
<予言>から与えられた己の使命を自覚し、敵地へ旅立つガリオン。
残されたセ・ネドラは、<リヴァの女王>として軍を率いることを決断します。まだ一度も口にしていない言葉、「愛してる」をガリオンに伝えるために――
冒険といっても保護者同伴で、困ったときや弱気になったときにはいつでも<お母さん>に頼ることができた旅は終わりを告げ、ガリオンの真の旅がはじまります。
仲間たちの使う剣術の、それぞれの優れた点をとりいれた独自の剣術も編み出し、剣士としても魔術師としてもほぼ一人前に成長したガリオン。とはいえ、なにもかも全部一人でやらなくちゃいけないわけでもないので、ベルガラスとシルクにだけは協力してもらいます。
大規模な戦争を回避し、最小限の犠牲ですむようにとトラクとの直接対決を選んだガリオンですが、世界の情勢は戦争へと傾いていき、各国からの寄せ集めの軍をひとつにまとめるため、セ・ネドラが生きた旗印となります。
今回の原題「Castle of Wizardry」、「Castle」は城のことですけど、チェスのルークのことでもあり、キャスリングすることでもあるようです。
ついでに、チェスで一番強い駒ってクイーンなんだそうです。だからこの物語は、クイーンがやたら強い…のかも。
勝負の終り
Enchanters' End Game
After today, nothing will ever be the same again, will it?
今日を過ぎれば、ぼくたちは二度と同じところへは戻れなくなるんだろう?(引用)
ベルガリアード物語の第五巻。「勝負の終り」 原題「Enchanters' End Game」 1984年
邦訳はハヤカワ文庫、柿沼瑛子:訳、HACCAN:表紙画
あらすじ
敵地に潜入したガリオンとシルクとベルガラスは、悪霊と対決したり新兵狩りから逃げたり、敵国の王のひとりと密談したりしながら決戦の地をめざします。
神を相手に戦うことに、不安と恐怖を抱くガリオンの心の弱いところを狙って、心理攻撃をしかけてくるトラク。
一方、もうひとつの予言によって、トラクの花嫁となるべく運命づけられているポルガラは、ダーニクやセ・ネドラ、エランドとともに敵の手におちてしまい…?
最終巻。続編もありますが、物語はいったん幕をおろします。
邪神であるトラクの復活を、真に願っている人物がひとりもいない。これがこの物語の特殊なところだなあという気もします。<珠>が盗まれたときも、それを使ってトラクを目覚めさせたいと心から望んでいる者は、敵方にもいませんでした。
トラクを神と崇めてはいるけれども、慕ってはおらず、本音のところでは敵国の人々もトラクのことは、永遠に眠りつづけるか、滅びてほしいと思っていることが、この最終巻ではかなりはっきりと書かれます。
ベルガリアード物語の1〜3巻、「予言の守護者」「蛇神の女王」「竜神の高僧」が一冊になったもの。 大きさはB5くらいです。 この本用に書かれた前書きがあります。 |
4〜5巻、「魔術師の城塞」「勝負の終り」が一冊になったもの。 |
ただ、外伝の「魔術師ベルガラス」や「女魔術師ポルガラ」、「The Rivan Codex」は普通のペーパーバックで、合本になったものは出ていません(2009年現在)
■メモ■
※ネタバレも含みますのでご注意
アローンの書 The Book of Alorn
神々の歴史と魔術師ベルガラスのなせるわざ
Being a History of the Gods and the Acts of Belgarath the Sorcerer
■一巻プロローグに書いてあることの簡単なまとめ
- 七人の神々がいた。長兄のアルダーをのぞき、神々はそれぞれ民をもった。
- 人間のこどもベルガラスが、アルダーの弟子になって魔術師となる。
- アルダーが、魂をもつ生きた宝石<アルダーの珠>をつくる。
- トラクがアルダーから珠を奪い、他の神々や、その民と戦争になる。
- 珠の力をつかい、珠の<母>である大地を引き裂こうとしたため、珠はトラクの左半身を焼く。トラクは片目となる。
- 珠は、『邪悪な意志をもたず、純粋で、権力欲や所有欲のないもの』にしか、自分にふれることを許さなくなる。
- アローン人の王チェレクが、三人の息子と、魔術師のベルガラスとともに珠を奪還する。珠を手にとり、持ち運んだのは末息子のリヴァ。
- 神々は会議をひらき、世界から去ることを決める。トラク以外の神々は、血肉をもたない霊魂のみの存在となる。
- トラクの来襲にそなえて、チェレクの息子たちはそれぞれの国を建国する。
Cherek Bear-shoulders <熊の背>チェレク |
親父 | アローンをチェレクと改名 | 子孫: バラク |
Dras Bull-neck <猪首>ドラス |
息子 | ドラスニアを建国 ボクトールに都をつくる |
シルク |
Algar Fleet-foot <俊足>アルガー |
息子 | アルガリアを建国 馬の群れを追う遊牧民 |
ヘター |
Riva Iron-grip <鉄拳>リヴァ |
末息子 | <風の島>へ渡り、リヴァを建国 |
- ベラー神が空から鉄の星をふたつ降らせ、リヴァはそれをつかんで、剣の刃と柄をこしらえ、<珠>を柄頭の石とする。その剣はリヴァの王座のうしろにある黒い岩とひとつになり、リヴァ以外は誰もひきはがすことができない。
- ベルガラスの妻のポレドラが、双子の娘、ポルガラとベルダランを産んで亡くなる。
- 娘たちが十六歳になったとき、ベルガラスの夢にアルダーがあらわれ、娘のどちらかをリヴァ王のもとへ嫁がせるようにと指示。ベルダランを選択する。
- リヴァの子孫の一世代に一人だけ、右の掌に<珠のしるし>を持つ子供が出現するようになる。
※プロローグに書かれているのは『アローンの書』を元にした簡略版で、ベルガラスがファルドーの農園で語る『アローンの書』の文章とは異なります。
『アローンの書』の全文は『The Rivan Codex』に収録されています。一巻のプロローグに使われているものと比べ、七人の神々の名前とトーテムと民が全部かかれていたりと、内容はやや詳しいものになっています。
神々
名前 | トーテム | 民 | 国 | 備考 |
---|---|---|---|---|
UL ウル |
人間以外の種族 | ウルゴランド | 父神 | |
Aldur アルダー |
owl 梟 |
長兄 | ||
Belar ベラー |
bear 熊 |
アローン人 | チェレク ドラスニア アルガリア リヴァ |
末弟 |
Chaldan チャルダン |
bull 牡牛 |
アレンディア人 | アレンディア (ボー・アスター ボー・ミンブル) |
|
Nedra ネドラ |
lion 獅子 |
トルネドラ人 | トルネドラ | |
Mara マラ |
bat 蝙蝠 |
マラグ人 | マラゴー | |
Issa イサ |
serpent 蛇 |
ニーサ人 | ニーサ | |
Torak トラク |
dragon 竜 |
アンガラク人 | ガール・オグ・ナドラク ミシュラク・アク・タール クトル・マーゴス マロリー |
熊は、アーサー王との関連が深い動物です。アーサー王の名前は「熊」という意味からきているとされています。
竜…ドラゴン。作者は『The Rivan Codex』で、トラクはミルトンの『失楽園』のルシファーから多くのイメージを借りたといったようなことを述べています(誤読しているかもしれないので違ってたらすいません)。
ルシファーとドラゴンは同一視されるものです。
国・人
国・地名 | 予言仲間 | 統治者 | 主な人物 |
---|---|---|---|
チェレク | バラク | アンヘグ王 イスレナ王妃 |
メレル (バラクの妻) |
ドラスニア | シルク | ローダー王 ポレン王妃 |
|
アルガリア | ヘター | チョ・ハグ王 シラー王妃 |
アダーラ (ガリオンのいとこ) |
リヴァ | ブランド (リヴァの番人) |
||
アルダーの谷 | ベルガラス ポルガラ |
ベルキラとベルティラ (双子) ベルディン ベルゼダー (珠を盗む) |
|
センダリア | ダーニク | フルラク王 ライラ王妃 |
ランドリク ドルーン ズブレット (ガリオンの幼友達・彼女) |
ボー・アスター | レルドリン | マヤセラーナ女王 (アレンディア共同統治者) |
|
ボー・ミンブル | マンドラレン | コロダリン王 (アレンディア共同統治者) |
アリアナ (レルドリンの恋人) |
トルネドラ | セ・ネドラ | ラン・ボルーン皇帝 | |
ウルゴランド | レルグ | ゴリム | |
マラゴー | タイバ | ||
ニーサ | サルミスラ女王 | サディ | |
ガール・オグ・ナドラク | ドロスタ・レク・タン王 | ヤーブレック | |
ミシュラク・アク・タール | ゲゼール王 | ||
クトル・マーゴス | タウル・ウルガス王 | クトゥーチク (グロリムの高僧。ベルガラスの宿敵) |
|
マロリー | ザカーズ皇帝 |