サイトトップへ

パトリシア・A・マキリップ
Patricia A. McKillip

妖女サイベルの呼び声 チェンジリング・シー
影のオンブリア オドの魔法学校
※書影もしくは「通販ページへ」をクリックするとAmazon.co.jpへ飛びます

妖女サイベルの呼び声
The Forgotten Beasts of Eld

The giant Grof was hit in one eye by a stone, and that eye turned inward so that it looked into his mind and he died of what he saw there.
巨人のグロフは片眼に礫を喰らった。するとその眼は裏返って彼の心(マインド)をのぞき見た。彼はそこに見たもののゆえに死んだのだ(引用)

パトリシア・A・マキリップの「妖女サイベルの呼び声」
原題:The Forgotten Beasts of Eld 1974年
邦訳は早川文庫、佐藤高子:訳

あらすじ:
エルド山に棲み、魔術師の血を受け継いで強い力をもった美しい乙女サイベルは、その不思議な力でもって、いにしえの獣たち、いまは名を忘れられたが、いまも偉大な獣たちを呼びよせ、ともに暮らしていました。
ある日、ひとりの若者が赤児をかかえてサイベルのもとを訪れます。若者は、エルドウォルドの王妃とサイベルが親戚であること、赤児は王妃の不義によって生まれた男子であることなどを告げ、サイベルに赤児をあずけます。
国と国、権力をめぐる男たちのさまざまな争いや確執、思惑が赤児をとりまき、やがてそれはサイベルや獣たちをも巻き込むことに…

世俗ときりはなされた閉じた世界で暮らしていて、人間というよりも妖精か何か、ホワイトレディとよばれ、氷姫のようであったサイベルが、愛情と、そして憎悪と、赦すことと赦されることなどを学んで人間らしくなっていきます。基本的にはロマンティックなラブストーリー。
1975年の世界幻想文学大賞受賞作品です。また、早川FT文庫の最初の一冊でもあります。

■コミック■

「妖女サイベルの呼び声」は「コーリング」という題名で岡野玲子により漫画化されています。最初は潮出版社から、その後マガジンハウスから出版されました。全三巻。

1巻 2巻 3巻

(2008年7月)
↑上に戻る

チェンジリング・シー
The Changeling Sea

Love and anger are like land and sea: They meet at many different places.
愛情と怒りは、陸と海のようなものです。あちこちで互いに接しているのです(引用)

パトリシア・A・マキリップの「チェンジリング・シー」
原題:The Changeling Sea 1988年
邦訳:柘植めぐみ:訳、小学館ルルル文庫、蒼兎雲:イラスト

あらすじ
父親を乗せずに舟だけが戻ってきて以来、ペリの母親は「海の下にある国」という夢想にとりつかれ、現実の生活をほとんど放棄し、海ばかり眺めるようになってしまいます。
海のせいで変わってしまった母親…。変わってしまった生活。
海を憎むようになったペリは、見よう見まねで海に呪いをかけようとします。けれど、そんなペリが恋をしてしまったのは、海のような王子で…

この作品において、「海」は「変化」の象徴であるように思います。(題名のチェンジリングは、妖精の「チェンジリング」すなわち「取替え子」のことでもありますけど、刻一刻と姿を変える海という意味だってたぶんあると思います…たぶん)
主人公のペリことペリウィンクルは、体にあわなくなった窮屈な古い服をむりやり着ていますが、それは成長すること…変化することを拒否している行為ともとれます。ペリが憎んでいるのは「海」そのものよりもむしろ、「変わってしまうこと」なのかもしれません。

(2008年12月)
↑上に戻る

影のオンブリア
Ombria in Shadow

"This palace," he had said, "is a small city, past lying close to present like one shoe next to another. "
この宮殿は小さな都だ。過去が現在と隣りあっている。一足の靴のように。(引用)

パトリシア・A・マキリップの「影のオンブリア」
原題:Ombria in Shadow 2002年
邦訳:早川文庫、井辻朱美:訳。 Kinuko Y. Craft :表紙画

元大公の妾妃だった酒場娘が、幼い世継ぎの少年を魔女の手からいかに救うか…
というのが、物語のまず一本の大きな軸となり、そこに、白い髪と銀の瞳の私生児、地下の世界に棲む女妖術使いと、その蝋人形の娘などが絡んで物語を色彩豊かに彩ってゆきます。
光と闇、高みと奈落、絶望と希望とその間の世界をいったりきたりする物語といえるかもしれません。登場する人物たちの多くは、自分がどこにも属していない、どこにいても浮いた存在であるような、よるべのなさを抱えています。どこにも属していないから、あちらの世界にもいけるしこちらの世界にもいける、しかしどちらの世界でもその存在は影のよう、という感じです。

2003年の世界幻想文学大賞長篇部門賞受賞作。
(2008年7月)
↑上に戻る
Magic will spring up where it wills, King, and even in a lifetime you couldn't make enough laws to stop it
魔法とは意志のあるところに生じるものだ、王よ。たとえ一生かけて法律を作りつづけても、力をとどめることなどできはしない。(引用)

パトリシア・A・マキリップの「オドの魔法学校」2005年
邦訳は、創元推理文庫、原島文世:訳。Kinuko Y. Craft :表紙画

原題は「Od Magic」で、「Od オド」というのは魔法使いの名前です。また、その名前は「odd(妙な)」からきています。自分の知らない、へんな魔法…異文化や異なる思想、とっぴな人物…に出会ったとき、人はどうすべきかといったようなことがテーマかもしれません。

あらすじ:
力のある魔法使いは兵器と同じと考えられて、魔法が厳重な管理下におかれている国。
植物の声がきこえるブレンダンは、オドと名乗る女魔法使いに勧誘されて、魔法学校の庭師として働きはじめます。ブレンダンには何か強大な力があることや、本人がそれに無自覚なことなどを魔法学校の教師たちは見抜きますが、ブレンダンを庭師として送り込んだオドの意図がわからないために、王に報告することは見合わせます。
しかしそのために、違法な魔法をめぐる厄介な騒動にブレンダンは巻き込まれてしまい…?

ストーリーの構造的にはドタバタコメディに近いものがあるのですけど、マキリップ特有の上品さのようなものもあって、落ち着いた雰囲気のユーモアファンタジーといった感じです。
魔法というのは心、意志そのものだから、ねじまげたり押さえつけたり型にはめたり、支配しようとするのではなく、相手の言葉に耳をかたむけること、こちらのことを伝えようと努力すること、話しあい信頼しあうことが大事、つまり男女関係も含めてあらゆる人間関係と同じこととしてかかれます。

2006年の世界幻想文学大賞とローカス賞ノミネート作。

(2008年7月)
↑上に戻る
■著者略歴■
パトリシア・A・マキリップ Patricia A. McKillip
1948年、アメリカ、オレゴン州セイレム生まれ。
1973年、作家デビュー。翌年に発表した第三作「妖女サイベルの呼び声」が世界幻想文学大賞を受賞する。
「妖女サイベルの呼び声」は、ハヤカワFT文庫の第一作として日本でも紹介される。
2003年、「影のオンブリア」で再び世界幻想文学大賞受賞。
そのほか、
  • 「イルスの竪琴」シリーズ第三作「風の竪琴弾き」ローカス賞受賞
  • 「オドの魔法学校」世界幻想文学大賞ノミネート
  • 「影のオンブリア」「Something Rich and Strange」「Solstice Wood」ミソイーピク賞(Mythopoeic Fantasy Award for Adult Literature)受賞。

作品リスト

■1970年■

原題/邦題 備考
1973 The Throme of the Erril of Sherill
1973 The House on Parchment Street
1974 The Forgotten Beasts of Eld
妖女サイベルの呼び声
世界幻想文学大賞受賞
ハヤカワ文庫FT/佐藤高子
1976 The Night Gift
1976 The Riddle-Master of Hed ※
星を帯びし者
The Riddle-Master trilogy
イルスの竪琴1
ハヤカワ文庫FT/脇明子
1977 Heir of Sea and Fire ※
海と炎の娘
イルスの竪琴2
ハヤカワ文庫FT/脇明子
1979 Harpist in the Wind ※
風の竪琴弾き
イルスの竪琴3 ローカス賞受賞
ハヤカワ文庫FT/脇明子
※三作合本:「Riddle-Master」

■1980年■

原題/邦題 備考
1982 Stepping From the Shadows
1984 Moon-Flash
ムーンフラッシュ
Kyreol duology
ハヤカワ文庫FT/佐藤高子
1985 The Moon and the Face
ムーンドリーム
ムーンフラッシュ続編
ハヤカワ文庫FT/佐藤高子
1987 Fool's Run
1988 The Changeling Sea
チェンジリング・シー
小学館ルルル文庫/柘植めぐみ

■1990年■

原題/邦題 備考
1991 The Sorceress and the Cygnet ※ The Cygnet duology
1993 The Cygnet and the Firebird ※ The Sorceress and the Cygnet続編
※二作合本タイトルは「Cygnet」
1994 A Tale of Brian Froud's Faerielands
Something Rich and Strange
ブライアン・フラウドの絵をモチーフにした作品
1995 The Book of Atrix Wolfe
1996 Winter Rose
1998 Song for the Basilisk

■20000年■

原題/邦題 備考
2000 The Tower at Stony Wood
2002 Ombria in Shadow
影のオンブリア
世界幻想文学大賞受賞
ハヤカワ文庫FT/井辻朱美
2003 In the Forests of Serre
2004 Alphabet of Thorn
茨文字の魔法
創元推理文庫/原島文世
2005 Od Magic
オドの魔法学校
創元推理文庫/原島文世
2005 Harrowing the Dragon
ホアズブレスの龍追い人
短編集
創元推理文庫/大友香奈子
2006 Solstice Wood
2008 The Bell at Sealey Head

メモ

妖女サイベルの呼び声
コーレンには六人の兄がいますが、英米ファンタジーでは「七男の七男」という設定がよくでてきます。「七男」に生まれた男の人の、七番目の息子は不思議な力をもつと、昔から信じられているようです。
チェンジリング・シー

主人公のペリウィンクル(Periwinkle)の名前には、ふたつの意味があります。
ひとつは花の名前。もうひとつは「snail」です。
「snail」は、カタツムリや巻貝のこと。

花のペリウィンクル
(ツルニチニチソウ)
巻貝のペリウィンクル

ひとつは海のものである貝の名前であり、同時に陸のものである花の名前、陸であり海である名前をもつペリは、海のような王子ふたり、ひとりは夜…ひとりは昼の海…と、それから陸、野のにおいのする魔法使いの三人に囲まれます。(このあたりの設定は、いかにも少女小説らしくロマンティック。三人はそれぞれに魅力的な男性です)

ひとつの言葉に、ふたつのまったく違う意味が…顔があり、そこには秘められた魔力があること。異なるふたつの世界が交わったときに、物語は生まれ、はじまること。酒場で働く娘と王子。二つの世界に属するがためにどこにも属していない人々。
さまざまなモチーフが「影のオンブリア」と重なる気がします。
「影のオンブリア」は2002年の作品で、この物語が書かれてから14年後に書かれたもの。ある意味、この「チェンジリング・シー」という作品は、オンブリアの原型であり、オンブリアはこの作品の…ペリと王子が結婚していたらどうなったかという未来…を書いたものといえるのかもしれません。

アーチン号

ペリの父親の形見である舟の名前、アーチン号のアーチン urchin は、ウニのこと。
ハリネズミや、わんぱく小僧という意味もあるようです。

チェンジリング(取替え子)

妖精が自分の子供と人間の子供を取り替えること。アイルランドなどの妖精の伝承にはよく出てきます。シェイクスピアの「真夏の夜の夢」でも、取替え子の所有をめぐって妖精の王と女王がケンカしてたりします。
影のオンブリア

フェイについて

女魔術師のフェイの名前は、リディアが「運命(fate)」と関連してその名前を思い出すように、運命の三女神、すなわち、ラケシス、クロートー、アトロポスと関連があるように思います。フェイのつづりはFaeyですけど、妖精のフェイ(fay)、アーサー王のモルガン・ル・フェイのフェイ(fay)と同じフェイだと考えていいかと思います。
「妖精」を意味する「 fay 」という言葉は、「fatae(運命の三女神)」が崩れた形だと考えられています(参考:「妖精事典」キャサリン・ブリッグズ)

この物語のフェイは、おそらくはラケシス、クロートー、アトロポスをひとつにしたような存在かと思いますが、主人公のリディアにとっては、マグ=ラケシス(糸の長さをはかる)、フェイ=クロートー(糸をつむぐ)、ドミナ・パール=アトロポス(糸を切る)として登場するように思います。また、女神の三相(同じひとりの女神が、三つの異なる顔をもっていて、別の名前で呼ばれるだけで、三人の女神は実はひとりの女神という考え方)として、娘・母親・老婆がセットとされることも多いのですが、そこから考えても、マグ(娘)、フェイ(母親)、ドミナ・パール(老婆)であてはまり、この三人は同じひとつのものという気がします。作中でフェイとドミナ・パールをリディアが同じものと考える場面があるですが、リディアにとっては、まさしく同じもの、すなわち自分にふりかかる運命そのものなんだろうなという気がします。

また、そうやって考えると、最後になぜマグの顔がデュコンによって描かれ、それによってリディアがたすけだされるのかということに説明がつくような気がします。
ドミナ・パール(アトロポス)によって生命の糸を切られそうになったリディアが、マグ(ラケシス)によってたすけられ、フェイ(クロートー)によって新しい顔(運命)をもらい、またドミナ・パールに糸を切られそうになる。それをたすけるのは、やはりマグ…
といっても確信はありません。ぜんぜん違う理由かもしれません。

ただ、フェイのモデル(?)は、たぶんかなりの部分がモルガン・ル・フェイじゃないかなあという気はします。アヴァロンは地下にあるという説もあるようですし。

ファンタジー
ダイアナ・ウィン・ジョーンズO.R.メリング
inserted by FC2 system